第二話〜三体のモンスター〜
「ッガァ!」
「うわぁ!?」
大口を開いて突進してくるティガレックスを間一髪で回避する。翼脚の攻撃は既に何度か盾で受け止めたりして直撃は免れているけれど、その尋常じゃない衝撃を受けて着実に体力が削られていく。一方の奴は、私が苦し紛れに放った攻撃もこの武器じゃ切れ味が足りなくてなかなか刃が通らない。もし通ったとしても、大したダメージを与えられていないように感じていた。
プオー……。
そろそろスタミナが眼界を迎えようとしたその時、再び私へと攻撃をしてこようとしたティガレックスの動きが止まり、突如鳴った笛の音の方を向いた。モンスターの気を引く事のできる道具である角笛を吹いたカスケさんは、抜刀し身構える。
「ガァ!」
「……っ!」
飛びかかり攻撃を前転回避し、攻撃直後の僅かな隙を狙って一撃を入れてゆくカスケさん。これが片手剣と大剣の差なのか、はたまたあの大剣が優れたものだからか、着実にダメージが与えられている――ように見えるのに、相手はそんな事はお構いなしとでも言わんばかりに攻撃を続ける。
「ぐっ……!」
その凶悪な爪の一撃を大剣の大きな刀身を生かしたガードで凌いだカスケさんは、一度回避して距離をとった。
「この感じ……。まさかこの個体、上位個体……!?」
そんなカスケさんの声が聞こえて、私が仰天したのは言うまでもないはず。上位個体。通常の個体よりも強力な力を持つ上位個体のモンスターは、挙動、攻撃力、耐久力等ほぼ全てにおいて非常に優れた力を持っている。もし先程の攻撃を私が一撃でもまともに貰っていたら、確実にベースキャンプ送りになっていただろう。
「ガアァ!」
「させんにゃ!」
再びカスケさんへと向かって行こうとするティガレックスの顔面に、ネオが飛びついた。ガッチリとしがみついた彼に驚いたティガレックスは立ち止まり、その場で暴れてネオを引き剥がそうし始める。
「ネオ君ナイス!」
そう言ったカスケさんが、再びアイテムポーチから道具を取り出す。その道具は一見普通の角笛に見えたけれども、何かが違うように感じた。
フォーン……。
ネオが足止めをしている隙に吹き鳴らされたその笛。通常の笛より高く、そして澄んだその音色は、この密林の木々の間を駆け巡ってゆく。が、孤島全域に届くかと思うほどによく通るその音が鳴ったのにも関わらず、体に何かしらの影響が現れるわけでもなく、ティガレックスにも何か変化があったわけでもない。
「ガァ!」
「に゛ゃっ……」
ティガレックスが頭を大きく振りかぶり、とうとうネオが吹き飛ばされる。その体は一部に血管が浮かび上がり、吐息は荒く。これが噂に聞くティガレックスの怒り状態なのだと理解する頃には、既に奴は突進を開始していた。
「ミズキ!」
「ご主人!」
サスケさんとネオの声が聞こえる。早く突進を避けなくては。でも、怒り状態で一気にスピードが上がったあの突進を避けるには、もはや遅すぎる。ならガード? ううん、もし盾で防いだとしても、攻撃力が大幅に上がっているだろう怒り状態の突進なんか食らったらそこそこのダメージが入ってしまう。それだけならまだしも、防御後の無防備な状態に追撃が来れば確実に食らってしまうだろう。
避けられない。一体あの攻撃を受けたら、体にはどんな傷が残るんだろう。一生残るような傷だったら嫌だな。目の前に迫るティガレックスの顎を見ながら、どこか他人事のように思考が巡った。
これから私を穿つ事になるだろう目の前の凶悪な牙を見るのに絶えきれず、思わず目を逸らしたその時――。横へ背けた私の視線に、大きな“赤い”何かが飛び込んだ。
「飛翔脚(ヒショウキャク)!」
凄まじい衝突音と、硬い何かが砕ける音。世界がゆっくりになったような感覚に陥っている私は、横腹をいびつに歪ませ、周囲の細い木々をバキバキとなぎ倒して吹き飛ぶティガレックスと……薔薇の花を彷彿とさせるほどに赤い、華麗に足を振り上げた怪鳥の姿を見た。
「グッガァ……ッ!?」
凄まじい勢いで真横に吹き飛ばされ、木の密集した場所から湖畔の砂地へと飛び出すティガレックス。明らかに絶大なダメージを負った様子でも尚空中で体勢を立て直そうとしているその轟竜が、柔らかいクッションとなる湖の水へと湖へと突っ込む――。
「大名鋏昇(ダイミョウキョウショウ)!」
と思われた瞬間。爆発かと見紛うほどの勢いで湖畔の砂の一部が吹き飛び、その中から巨大な鋏が飛び出してきた。丁度真上を通過しようとしていたティガレックスの体にそれは直撃、そして――あろう事か、凄まじい勢いで斜め上へとカチ上げた。きりもみ回転をしながら上空へ吹き飛ばされたティガレックスの下で、その巨大な鋏を振り上げていたのは……真珠かと見紛うほどに美しい白色をした頭骨のヤドを背負った、一匹の盾蟹だった。
「ッ……カァッ……!」
白目を剥き、体の色々な箇所をありえない角度に曲げられたティガレックスが湖の上空を舞う。一体どれだけの力でもってすればあの巨体をあんな場所までカチ上げられるのか。状況が飲み込めずに呆然とそんな光景を眺めていた私の目は次に、水中から飛び出してくる一つの大きな姿を捉えた。
「トトス・ショットガン!」
水面へ落下しそうになっていたティガレックスの体が、斜め下から拡散するようにぶつかった大量の水――ガノトトスのブレスによってその軌道が一瞬でこちらへ向き、そしてとうとう砂地へと轟音と共にその身を横たえたのだった。
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