第一話〜三つの影〜
「カスケが村に入ったようだな」
「最初のクエストは多分密林だろォ? 先行っとこうぜ」
「そうだね、多分ボクらもあそこに住む事になりそうだし」
「それにしてもカスケの奴、上手くやるだろうか。あの村には既に専属ハンターがいるという話を聞いているが」
「んぁ? まぁどうにかやんだろ。あれでもアイツぁ“人間代表”だしよ」
「こっちの人達が、僕らを受け入れてくれるといいけど……。でもまぁ、ここで悩んでいても仕方ないよね」
大きな三つの影が、木々の間に消えていった。
◆
「へぇー、ここがテロス密林かぁ……」
船から降り、大きく息を吸い込みながら伸びをする男性ハンター、カスケさん。その身に纏った防具は金属製のようで、また背負った大剣も金属質の輝きを放っている。細かいところにモンスターの素材が使われているところが見受けられるけれど、それも防御面の強化というよりは装飾――そう、お守りのような役割が大きい気がする。それもスキルの強化目的なんかじゃなくて、本当の意味での“心のより所”としての――。
「……何ボーッとしてるにゃ」
「ん、ごめん」
横目に見てくるネオの言葉で我に返った私は、ベースキャンプともなる孤島の浜に軽く乗り上げた船から降り、それとなく周囲を見渡した。
ベースキャンプにいても聞こえてくるのは、沢山のモンスター達の蠢く気配。そう、ここは弱肉強食の恐ろしい場所、私達ハンターの死闘の舞台、狩り場。特にまだハンター稼業を初めて間もない私では、強力な相手にとっては餌も同然なのだ。
そんな風に気を引き締める私と一緒に、じっくりと周囲を気にしている様子のハンター、カスケさん。村長も『一緒に狩りに行けば実力も分かるだろうさ』と面白そうに言って彼の経歴を教えてくれなかったけれど、今回の相手はドスランポス。多少経験を積んだハンターからすれば雑魚中の雑魚とか呼ばれているあのモンスター相手なら、彼にとっても大した狩猟対象でもないはず。二人で狩猟をするなら尚更だ。だというのに……。
横に並び立つように移動し、そっとその顔をのぞき込む。その整ったその顔にはふざけた雰囲気なんかは一切無く、目には何か闘志に燃えるかのような光が灯っているような気がした。
「さぁ、行こうか」
「っ……! は、はい!」
すっとこちらを見た彼の顔に少しドキッとしつつ、私達はベースキャンプを後にした。
「……あンの色男が」
私達の後ろから覗くその姿に、気付く事も無く。
◆
「おう、カスケの野郎ォ来やがったぞ。生意気に女子なんか連れてやがる」
「了解した。俺達は隠密行動、カスケからの指示が無い限りは姿を現すな」
「アイサー。依頼内容はドスランポスの狩猟だっけ?」
「おうよ。ま、俺様達の出番ァまず無ェだろうな」
「いや、そうとも限らんぞ。先程から俺の“聴覚”が妙な気配を捉えている。これが中型モンスターのものとは思えん」
「言われてみれば確かに、さっきからしてる血の“臭い”も中型がまき散らす臭いにしては濃すぎる気がするね」
「……乱入か、面倒臭ェな。ま、一応視野に入れとくか」
「いつでも駆けつけられるように用意しておけ」
「「了解」」
◆
「……あの、カスケさん?」
「ん、何だい?」
律儀に地図から顔を上げ、こちらを見てくるカスケさん。隙が無いながらも優しい雰囲気を漂わせる彼は一体、何者なんだろうか。ただのハンターとは、とてもじゃないけど思えない。
「な、なかなか見つかりませんね」
「うん、そうだね……。ドスランポスは縄張りの中を定期的に見回る習性があるから、どこかで待機していればあちらから来てくれると思うんだけど……」
そんな風に言葉を交わしつつ、エリア3へと進入する。細いながらも木立の目立つこのエリアなら、ドスランポスの攻撃の中でも比較的脅威度の高い飛びかかり攻撃がやりにくいだろうという私の判断のもと、ここで待機する事にしたんだ。
――ううん、そのはずだったのに。思わず声を出してしまいたくなるような予想外の光景が、目の前に広がっていた。
「ギャオォゥ!?」
空を舞うのは、蒼き狩人の長の姿。周囲の子分達も、まるで木の葉か何かのようにたやすく吹き飛ばされてゆく。
「ゴアァォゥ!」
「ギャァッ……」
その巨体に見合わぬ身軽な動きで飛びつき、倒れたドスランポスへとその翼脚を叩きつける。それによって鳥竜種特有の細い首が折れたらしいドスランポスは、僅かな断末魔の声と共に息絶えた。その光景を見て、周囲のランポス達が怯えたような姿を見せる。そんな最中、その恐ろしいモンスターはぐっと身を仰け反らせ――。
「ガアアアアアァァァァァァァァァ!」
「ギャオウゥッ……」
「ギョワァッ……」
少し離れた場所にいた私達でも耳を塞ぎたくなるような、超大声量の咆哮を放った。もはや“声”の領域を出るようなその凄まじい音量によって発生した衝撃波が、近くにいたランポス達を次々と吹き飛ばす。それが決め手となったのか残った数匹は怯えた様子で逃げ去り、とうとうこの場で立っているのは私達と……轟竜、ティガレックスのみとなった。
「ググググ……」
「……えーと。これは――」
こちらを視認したティガレックスがゆっくりとした動作で、しかし逃がさないと言わんばかりの雰囲気を醸しながらこちらを向いた。最近ようやくドスランポスをある程度安定して狩れるようになった程度の実力である私にとって、“ハンターの宿敵”とも呼ばれるこのモンスターと対峙するのはあまりにも早すぎるのは明白だった。背中を嫌な汗が流れる。
「……かなりマズい状況だね」
一方のカスケさんは身構えて片方の手を大剣の柄へやり、もう片方をアイテムポーチへと突っ込んだ。
「……久々に見るにゃあ」
私がハンターを始める前からオトモ稼業をやっていたネオは過去に戦った事があるのか、そんな事を言いつつ四つん這いになった。
「グググ……ッ、ガアアアァァァァァ!」
孤島の密林に再び、恐ろしい咆哮が響き渡った――。
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