モンスターハンター 短編小説シリーズ
〜祖なるもの、永劫の孤独【後編】〜
秘め事を終えたセトとミラは、再び塔の頂に戻ってきた。
『……驚いたぞ。人間の生殖とは、あぁにも激しく行うものなのか?』
ミラは火照った顔を背けながらセトに話しかける。
「それは個人にもよるなぁ。ミラの反応が思ったより良かったから、オレもつい……」
『えぇぃ、それ以上言うな……』
セトの明け透けな物言いに、ミラは頬を膨らませる。
風の通らない岩盤の屋根に身を寄せる二人。
雷雲の隙間から、赤い夕陽が見え隠れする。
「もう夕暮れか」
『そうだな』
肩を寄せ合って夕陽を眺める二人。
ただ、黙って側にいるだけ。
それから夕陽が見えなくなりそうになった頃に、セトはミラに問い掛けた。
「なぁ。ミラは、この世界をどんな風に見ているんだ?」
微妙に抽象的な問い掛けだった。
ミラはそれを耳にして、少しだけ考えるような仕草をしてから、静かに答えた。
『美しくも素晴らしく、恐ろしく愚かしい世界だと思っている』
彼女の答えもまた抽象的なモノだった。
『太陽や月、星が美しく見える。雨が降れば草花は育まれ、雪が降れば命は眠り、陽が照られれば息吹は目覚める。何もかも眩しすぎるほどに輝き、美しすぎるほどに煌めく。この世界は、生命の輪廻を繰り返し、再び星が大地を貫き砕くまで、それはいつまでも続く。そして、星が大地を砕いても、命はまた生まれ育ち、新たな世界が創造される』
星座をなぞるように、空に指先を向けるミラ。
太古の昔、それは文明と言う言葉すらなかったほどの古の古。
リオレウスやティガレックスの祖先とも言える、古代竜が食物連鎖の頂点に君臨していただろう時代に、巨大な星石が地表に落着、それが巻き起こした塵煙が太陽を隠し、永久の冬が訪れた。
その永久の冬に凍えた竜は次々と大地に横たわり、骨となって沈んでいった。
永久に思われた冬が終わりを告げ、太陽が再び大地に光を与えた時、世界は新たな息吹を返して再生された。
新たな命の繰り返しの中で、猿が木から降りて大地に身を委ねたその時から、ヒトと言う生物は生まれた。
『ヒトもまた素晴らしい生物だ。理性、協調、創造、進歩……、挙げれば切りがない』
「そう。ヒトは獣に出来なかったことを簡単に為した」
ミラの言葉を肯定するように頷くセト。
だが、彼はすぐにそれを否定した。
「だがその進歩も、今となっては進みすぎた歩みだ。進歩に伴って創造は他を破壊するようになり、理性は欲望に変わり、協調を争奪に変えた。それが、人間が起こす戦争だ」
『愚かしいな。その愚かしさに気付かないのもまた恐ろしい。何故に人間は争う。何故に互いの手を取り合えない。何故に、身を滅ぼそうとする?』
当たり前であるはずの生存本能。
それを否定、いや、拒絶するようにセトは吐き捨てた。
「我が身が可愛いからさ」
『我が身が可愛いから、だと?』
「戦争で何千、何万の兵士が命を捨てようと、それを利に出来るのはほんの一握りのヤツだけだ。そう言うヤツは大抵、旗の後ろで喚いているだけでなにもしない。おかしいだろ?なにもしていないヤツだけが得をして、生死をさ迷うヤツには何もないんだ。自分が良ければそれでいい。そのためには他がどうたろうと構いはしない。そんなヤツらが恵みを食い潰しているから、いつまでもくだらないことを続けるんだ」
まるで、自分がそうだったかのように。
「変えようとしても変わらない。変わらない者に変われと求めるより、自分が望む世界を探した方が早い。オレが世界を捨てたのは、それが一番の理由だ」
セトはミラの顔に向き直る。
「ここが、オレの望んだ世界なんだ。人間であることを捨てて、ミラと寄り添って生きて、天寿を全うする。それが、オレの幸せだ」
悟りきったように、セトはミラの真っ白な頬を撫でる。
『……貴様はそれでいいのか、セト。私と寄り添うのなら、命は残せない』
「それでも構わない。ミラが、ミラさえいればオレは何も必要ない」
頬を撫でるだけでは足りず、セトはミラの華奢で小さな身体を抱き締めた。
「オレは恋愛なんて知らなかった。だけど、今知った」
セトはミラの紅の瞳に己の黄色の瞳を映した。
「オレはミラが好きだ。お前を愛する以外の生き方なんてもう忘れた」
『す、少し落ち着けセト。言いたいことは分かった。だから落ち着……んっ……?』
セトを落ち着けようとしたミラの唇は彼のソレによって塞がれた。
数秒の沈黙の後に、二人の顔が離れた。
『……セト、お前は本当に変わった人間だな』
ミラは目を細めて、しかし微笑みを浮かべる。
「もう人間じゃないさ。だからもう本能で生きる」
セトはもう一度ミラを押し倒して、二度目の秘め事を行った。
ーーーーーそれから、どれだけの時が流れたのだろう。
ミラは、彼と初めて出会ったそこに立てた物を見詰めていた。
彼から教えてもらった、ヒトの葬り方。
肉体を地に埋めて、その上に名前を刻んだ石を立て、その者が肌身に持っていたモノを添える。
ーー私を愛したセト、ここに眠るーー
石にはそう刻まれていた。
その側には、彼が使っていた刀を刺し立てている。
ミラはただそれを見詰め、口を開いた。
『"貴方"の作るご飯が美味しかった。貴方の見せる笑顔が眩しかった。私を愛する貴方の仕草が心地好かった。……私を愛してくれた、貴方が好きだった』
分かっていたことだった。
彼は、いくら人間を辞めようと、天寿と言う逃れられない宿命には抗えなかった。
思い返せば、一瞬だった。
食を共にしたこと、肉体を重ねたこと、喜怒哀楽を交わしあったこと
数えきれないほど、同じ時間を刻み続けてきた。
彼は「幸せだった」と言い残し、満足げにこの世を去った。
『私は貴女の後を追えない』
ミラは白光を放った。
白き幼女は、再び神々しき純白の龍〈祖なるもの〉に戻った。
そして、ソレに背を向けて、翼をはためかせた。
塔の頂にひとしずく、溢れた想いが滴った。
私は、存在するのみの存在ーーーーー。
END