モンスターハンター 短編小説シリーズ
〜祖なるもの、永劫の孤独【中編】〜
『正気で言っているのか?』
ミラは、セトの「ミラとここで過ごす」と言う言葉に耳を疑った。
そんなミラに対して、セトはあっけらかんと肯定した。
「大丈夫だ。食べるものと飲むもの、寝るところがあれば何とかなる」
『そうは言っても、貴様は人間で、私は龍だ。モノを喰らえば生きられるほど、人間は簡単な生物ではないだろう?』
ミラにとっての人間とは、とても粗雑でとても繊細な"生物"だと思っている。
とても短い間隔で肉も菜も実も食べなくては身体が維持できず、水で肉体を清めなくては病にもかかる。
「忘れたのかミラ?オレは人間を辞めようとしてるヒトだぞ。その気になればすぐ慣れるし、人間なんてそんなもんだ」
どうやら、セトは何が何でもミラと共に過ごしたいらしい。
ミラは呆れたように溜め息をついてから、上体を起こした。
『……どちらにせよ、私が貴様を本気で排除しようとするまで、ここにいるつもりなのだろう?』
「おぉ、オレの言いたいことがよく分かったな」
『セトが単純すぎるだけだ』
ミラに合わせるように、セトも起き上がる。
「ま、そう言うことだな。これからよろしく、ミラ」
相手は仮にもモンスターだろうに、セトはまるで気軽に手を差し出す。
『ふっ、物好きめ。好きにするがいい』
セトの行為を察してか、微笑みながらミラはその手を取った。
端から見るそれは、青年と幼女でしかない。
しかし、"外"を拒むこの世界では、二人だけの空間であった。
「ミラも食うか?」
『私は喰らわなくともいい』
とりあえず飯を食おう、と言うことでセトは塔の近くに棲息するアプノトスを一頭だけ狩り、その付近に生えている野草をいくつか拾ってきた。
それらを集めてくるなり、旅の荷物の中から小鍋を取りだし、ハンターが使用する肉焼きセットに吊るし、火をかける。
『それにしても、人間は獲物を喰らうためにこんなことをするのか』
ミラは小鍋の中でぐつぐつと煮えているアプノトスの肉や野草を見詰めている。
その隣で、薪をくべるセトは小さく笑いながら答える。
「肉食生物と違って、人間は火を通さなきゃ、食っても腹壊すからな」
『むぅ。それに、スンスン……なんだこの匂いは?』
ミラは鼻を鳴らして鍋に顔を近付ける。
「旨そうに煮えてきたな……こんなもんか」
そう言いつつ、セトは小鍋を肉焼きセットから下ろす。
灰汁を粗方取り除いてから、小皿に取る。
「いただきますっと」
適当に香辛料等で味付けされたそれは、決して美味と言うものではない。
しかし、食べるには十分だ。
セトがそれを口に運ぶ中、ミラは小皿の中の具や小鍋、セトを見比べる。
「あ、やっぱり食べるか?」
『……うむ』
セトは小皿とスプーンをもうひとつ取り出すと、ミラのぶんをよそってやる。
「ほれ、どうぞ」
『かたじけない。いただくぞ』
ミラはちゃんと一言断ってから、それらを一口した。
『…………、わふいうぉ?』
「そりゃ出来立てだからな。熱くなかったら火が通ってない証拠だ」
ミラは「熱いぞ?」と言おうとしてモゴモゴしてしまったが、セトは状況とニュアンスで判断する。
『ンクン……。味わったことない感覚だ。だが、旨い』
今度は飲み込んで、しゃべりやすくなってから口を開く。
「そりゃ龍が人間様の食べ物なんざ見たことはねぇだろうさ」
『いや、見たことはある。パサパサした皮をやぶき、よく分からない塊なら食べているところを見たことがある』
「……携帯食料のことか。ありゃ食べ物とは言わないなぁ。どっちかと言うと、空腹を紛らわせるためのモノっつーか」
ハンター達が声を揃えて「まずい」と言う代物だ。
しかし腹が減っては狩りは出来ぬと言う言葉があるように、空腹によって力を発揮できないとなれば目も当てられない。
『まぁ、アレは旨そうに見えなかったがな。しかし、ハムっ……これは旨い。癖になりそうだ』
かく言うミラはすっかりセトの料理に舌鼓を打っており、モグモグと食べている。
……美味しそうに食べる子どもにしか見えない。
これがあの神々しき〈祖なるもの〉だと、誰が信じるだろうか。
綻ぶ笑顔が、なおさら子どもらしく見える。
あっと言う間に小皿の中が空になる。
『フゥ……旨かったぞ。感謝する』
「どーも、お粗末様でした」
食べるの早いなぁ、と息を吹き付けて冷ましながらゆっくり食べるセト。
食後は、鍋と皿、スプーン等を洗うために湧水で洗いに行く。
『なぁ、セト』
「ん?なんだミラ?」
湧水を汲んでから汚れを洗い落とすセトに、ミラは問い掛けた。
『セト、も"モンスターハンター"なのか?』
モンスターハンター。
それは、ヒトが生きるために他の生物を狩る者達の総称。
『草食竜を仕留めた時も、その背中の刃を抜いていた。モンスターハンターもそれと似たようなモノを使って、私に抗おうとしたのは知っている』
ミラ自身も、龍の姿で愚かな者共に罰を下す時、セトと同じような刃を持つものを雷で滅したこともあった。
「ん、まぁな。ここに来るまでは、ハンターやってたな。今じゃ、過去形だけど」
洗い落とした後は、しっかり水気を切る。
「あぁ、大丈夫。ミラを騙し殺そうなんて考えちゃいないし、逆にオレが殺されるしな」
冗談でも言えないようなことを平気で言うセト。
「それに……これから一緒に過ごすってのに、隣人に手は掛けられないしな……」
『手を掛ける?どういうことだ?』
セトの言う意味がよく分からず、ミラは小首を傾げる。
「いやぁ、まぁ、どんな形であれ、ここには男女二人しかいないわけで……って……違うか」
そう、ここには人間の雄と龍が一頭のみ。
間違おうとしてもそんな間違いは起きない。
オレはバカだ、とセトは自分の童貞さに悲しくなった。
『まさかとは思うが、私を相手に生殖でも行うつもりか?』
「……」
『ったく、いくら生殖本能の赴くままに私に精子を植え付けた所で、子など産まれんぞ?』
「分かってるよ、気の迷いだ」
露骨に溜め息をついて落ち込むセト。
しかし、ミラは少しだけ躊躇いがちに返す。
『その、なんだ。セトがそう言うのなら、本能を満たすぐらいなら……って、むぉ!?』
気が付いた時には、既にセトがミラを押し倒していた。
『ま、待てバカ者っ、いきなりとは聞いてな……はァッ……!」
塔の水辺に、艶声が透き通るーーーーー。