クロスオーバー 〜やはり俺の行いは間違っていない〜
二章 節介焼きの徹甲虫
〜アルセルタスside〜
遺跡平原のベースキャンプ。人工物のように見えなくもない赤い崖に三方向を囲まれた場所をハンター達の拠点として開拓したこの場所は、幾多の生物が息づくこの遺跡平原において珍しい、野生のモンスターが進入してこない環境を形成している。
――この俺を除いて。
「ギーシャキシャ(あーらあら)」
キャンプを囲む崖の上。そこから角と顔を覗かせて様子を伺っているのは、言わずと知れた巨大昆虫アルセルタス……即ち、この俺である。
「ギッギッギッギッギッギッギ……(こりゃまた初々しい……)」
俺が覗き込む視線の先、ベースキャンプの拠点内には、防具に身を包んだ二人のハンター。互いの行動の息がピッタリ合っている事、とても楽しそうに談笑していることなどからとても仲がいいのだろうとは思っていたが……成る程、そういう事か。
ほんの一瞬の出来事。しかし、モンスターであるアルセルタスのズバ抜けた視力を持つこの複眼は、その瞬間――可愛らしい小さなキスの瞬間を、鮮明に捉えていた。
この世界における人間の歳の取り方が前の世界と同じだと仮定すると、あの二人は俺と大体同年代、即ち20歳かそこいらに見える。そんな二人のするキスにしてはちょいと初々しすぎるような気がしないでもないが、何せ彼らはハンター。俺が初めて会った人間でもあるあの少女ハンターを見るに、ハンターという職業に就く事そのものはかなり若いうちからでも可能らしい。きっと彼らも、青春の日々を狩猟生活に費やしてしまったのだろう――。
「……ッキシャァ(……っととぉ)」
危ない危ない、勝手に妄想を膨らませて妙な感傷に浸っている場合じゃなかったな。早速仕事といきますか。
二人が狩り場へ出発したのを見計らい、気配に注意しながらベースキャンプへ降り立つ。そしてキャンプのベッド付近を見回すと、一枚の紙が目に入った。
「ギッギッギッギッ(あったあった)」
それを中脚でつまみ上げる。これは恐らく、受注書の写しのようなもの。前々から何度かこのベースキャンプにお邪魔して下見をしていたので、恐らくこういうものがあるだろうという事は予測済みなのだ。流石は俺である。
そんな感じに久々のチャンス到来に若干テンションを上げつつ、その紙へ視線を落とす。流石にコピー用紙ほどではないものの思ったより綺麗だったその紙には、相変わらず全く読めない文字と共に、シンプルな絵のようなものが描かれていた。
「……ギッギッギッギッギッキシャァ!(……アイコンじゃねぇか!)」
そう、そこに描かれていたのは何と、ゲームのクエスト受注画面なんかでしょっちゅう目にしていたあのアイコンであった。
話し言葉こそ日本語と同じらしいこの世界だが、文字の方は独自の文化を元に構成されているらしい。そのうち人と関係を持つ機会があれば是非とも勉強して読み書きできるようになりたいものだが、生憎今の俺では解読不可能だ。ならどうするかという話だったのだが、何かしらパッと見で分かるような目印でもあるんじゃね? とか考えて思いつきで見てみたら、まさかまさかのアイコンである。まぁ、嬉しい誤算だ。詳細は分からないとはいえ、一応クエストのターゲットとなっているものは速攻で分かるのだから。
「……ギッ、キシャシャシャシャシャシャシャ(……で、やっぱターゲットは卵か)」
紙を元の場所にそっと戻し、羽を広げながら呟く。先程の二人の会話には聞き耳を立ててはいたのだが、如何せん距離があったために断片的にしか聞こえていなかった。しかし卵だとかガーグァという単語は聞こえていたので、今回のこの紙の情報と照合すると、恐らくあの二人が受注したクエストはガーグァの卵納品だろう。飛竜の卵の可能性も否定できないが……周りの子供が孵っている現状、間近で観察できない人間側があの残り一つの卵を把握できているというのは考え辛い。まさか無い卵の納品をギルドが許可するわけがないし、この線は無いと考えて間違いないだろう。
「キシャシャシャシャシャ……(それにしても……)」
風圧で被害を出さないようにキャンプから数歩離れた後、羽のスロットルを上げつつ首を捻る。
あの二人の装備。ほぼ真上から見ていたせいもあってハッキリとは言えないが、俺の知識と照合すると男性ハンターの方が着ていたのはレウス装備系統、女性ハンターに至ってはゴールドルナ系統だろう。男性ハンターの方も下位とは思えなかったので、二人とも上位、ないしはG級ハンターという事になる。
「ギッギッギッギッギッキシャァ、ギシャァキシャシャシャシャシャァ……(そんなハンターが卵クエ、しかもガーグァのねぇ……)」
現状この遺跡平原にいるモンスターで種族的に最強なのはリオス夫婦だと思われるので、そっちの狩猟なんじゃないかとヒヤヒヤしたもんだが……。しかし、リオス夫婦がG級個体とは思えないので、ハンターの技量次第ではフリーハントとして狩られてしまう可能性がある。レイア姉さんと子リオス達は巣から出る事はないので大丈夫だろうが、心配なのはレウスさんだ。早い段階で場所を特定して、最悪の場合は俺が囮になってハンターから遠ざける必要があるかもしれない。
「ギッ、キシャシャシャシャシャシャ(まっ、なるようになるさ)」
ブィィィンという羽音を立て、地面から勢いよく飛び上がる。ひとまずはレウスさんとハンター二人の現在位置の確認。接触が発生しそうな場合はレウスさんを安全な場所に誘導して、その後はコッソリ卵の納品を手伝う事にしよう。一体いくつの納品なのかは分からないが、まぁガーグァの卵なら二つ以下って事はないだろう。ひとまず一つ納品しておいて、あとは二人の反応に応じて対処するとしよう。