クロスオーバー 〜やはり俺の行いは間違っていない〜
一章 ウェディングケーキのために
〜アスト&カトリアside〜
お互いの最愛の人との再会から、二年。
キャラバン『ミナーヴァ』の専属ハンター、アスト・アルナイルはその一枚の依頼書を受け取って目に通す。
「ウェディングケーキ?」
アストは聞き返すように、その依頼書を渡した本人、『ミナーヴァ』の団長、そして恋人であるカトリア・イレーネに向き直る。
「そう。私とアストのためだけのウェディングケーキ」
「だから、ガーグァの卵が10個もいるわけか」
あんな一抱えもあるような大きな卵が10個も必要とするウェディングケーキだ。相当なモノに違いない、とアストは想像する。
「とは言っても、一度で全部は集めるのは乱獲になるから、数日に分けて納品しようと思うの」
「なるほどな」
よし、とアストは席を立とうと腰を上げる。
「あ、今回は私も一緒に依頼を受けるよ」
立とうとしたアストを引き留めるカトリア。
「ん?別に卵運びくらい手伝わなくても大丈夫だけど」
「複数回に分けるって言っても、一人じゃ大変だと思うし。それに……」
「それに?」
「……ほら、結婚したら、出産して、子育てとかもしなくちゃならないから、一緒に狩りに出られるのって、余程危険な事にならない限りないと思うの。だから……」
「あぁ、そうか……」
そう。
アストはカトリアに対して「是非とも俺と結婚してください」とおおっぴらなプロポーズを行ったのだ。
結婚指輪はまだ買ってないが、今やアストはG級のハンター。
少し資産を崩せば数十万ゼニーは軽く引き出せる。
それはともかく、既にアストとカトリアは結婚を大前提としてお付き合いをしている。
もう他人ではいられない、と言うことから、アストは彼女を「カトリアさん」から「カトリア」と呼ぶようになり、カトリアも彼を「アストくん」から「アスト」と呼ぶようになっている。
結婚するとなれば、当然カトリアは次の命を産み、それを守り育てることを第一にしなくてはならない。
それに伴い、モンスターハンターと言う職からも手を離さなくてはならない。
ベビーシッターを雇い、父母は狩りを続けると言う家庭もあるが、アストもカトリアもそれは考えていない。
もはやハンターの極みに到達したと言っても過言ではないカトリアとしても、いざ子を持つと言う覚悟のためならば、手に入れた富や名声など不必要なものだ。
アストもそれは理解しており、狩り場において最も信頼できる背中が離れることには不満はない。
だから、今回の依頼は結婚前の最後の狩り、と言うことにしたいのだろう。
「行こうか、カトリア」
「えぇ」
言葉を重ねる必要はない。
二人は既に、たったひとつのことで全てを理解し合うにまで至っている。
若年寄と言えばその通りではあるかもしれない。
だが、片や大切なものを二度も無くして絶望に明け暮れた者と、片や苦難の末に選ぶべき相手を選び、そして一度は死んだはずの身である者。
引き裂かれてなお結び付けられた二人の絆など、誰が手を付けられようか。
そんな二人を見て、ミナーヴァの加工屋である、ライラック・エルミールはこう言った。
「結婚前からあんなアツアツじゃ、いざ結婚したときなんかどうなることやら」
熱いままは続かないだろうが、きっと暖かさはずっと続くだろう。
遺跡平原。
この狩り場は、アストにとって馴染み深い場所だ。
オトモアイルーのセージと共に乱入してきたドスジャギィを退けたのが、最初の狩り。
あの恐怖と興奮、そして喜びと激痛は今でも覚えている。
ベースキャンプに到着したアストとカトリアは、互いに装備を整えていく。
アストが纏うのは、紅蓮の王衣。空の王者たる火竜リオレウスの、最も成熟した個体から手に入る素材を注ぎ込んで完成させた、レウスXシリーズ。これを身に付けると言うこと、それは一流の中の一流と認められる証。
カトリアが纏うのは、黄金のドレス。"月"と喩えられる、陸の女王リオレイアの、希少種から手に入る輝く鱗を注ぎ込んで完成させた、G・ルナZシリーズ。光差す大地の全てを統べるその麗姿は、月そのもの。
通常種のリオレウスの防具を纏うアストと、希少種のリオレイアの防具を纏うカトリア。
出会ってから四年が経った今でも、その差は埋まらなかった。
それを思い出す度にアストは、彼女が至るその場所がいかなる聖域であるかを痛いほどに思い知る。
同時に、これ以上を求めていいのかと自問もする。
今のアストに、富も名声も興味は無かった。
ただ、愛しい人と自分が大切だと思うものを守れる力さえあればいい。
もしくは、自分もその力を捨てても良いとさえも思う。
無闇だと手にせぬのも愚か、求めすぎるのも愚か。
そんなジレンマに悩んだ時、カトリアはいつもこう言ってくれる。
「自分に、私達に、誇れる生き方をしてくれればいい」
その言葉は、アストに「好きなように生きろ」と言っているようなものだった。
結局のところ、ついてきてくれている存在のために振り返りつつも、前を向いて進み続けることだった。
互いの準備を終えて、アストがいざレウスXヘルムを被ろうとした時だった。
「アスト」
カトリアが、少し頬を赤らめつつ、上目遣いでアストを呼んだ。
その声に振り向いたアストは、彼女が何を求めているかを察し、顔を近付けて、
「……ん」
「んッ……」
そっと唇を重ねた。
皮膚と皮膚が触れ合うだけの子どもじみたキス。
しかし、二人の鼓動は高鳴っていた。
「狩りに付いていきたい理由、これもだろ?」
「だ、だって、みんなの前じゃ恥ずかしいもん……」
二人きりの時はいつもこうだ。
アストしかいない時のカトリアは、思春期のように恥ずかしがる。
わざわざ共に狩りに出る、と言う口実まで作って。
そんな初々しさ全開の触れ合いをしてから、照れ隠しにヘルムを被る。
「さ、行こうか」
ヘルムのバイザーの向こうから、アストの優しげな瞳がそう告げる。
二人は意気揚々と、ベースキャンプから踏み出す。
これから遭遇する、奇妙な出会いなど知らずにーーーーー。