モンスターハンター 短編小説シリーズ
〜"最期"の招待状【前編】〜
「金獅子ラージャンの狩猟依頼はあるか?」
ドンドルマの酒場。
真っ昼間からアルコールや煙草、香辛料や脂の臭いが立ち込めるこの場所で、男は足を踏み入れるなり受付孃にそう問い掛けた。
男のその装備は、あまりにも異様だった。
全身を禍々しい黒い布で覆い、その周りを様々な亡骸で纏った不気味な鎧。
ギルドはこんな装備でも公的に認めており、工房組合も生産を請け負っている。
通称、デスギア。
死神を思わせる不吉な外見から、ある意味忌み嫌われたこの防具を、男は自然と着こなしていた。
ぎょっとした受付孃だが、すぐに営業スマイルを浮かべ直して応対する。
「も、申し訳ありませんが、ただいまラージャンの狩猟依頼は発注されておりません」
「そうか」
ならば用はない、と男はさっさと立ち去ろうとした。
「おいおいぃ、死神サンがドンドルマで何してんだぁ?」
「死神なら死神らしくぅ、地獄でも行ってろよぉ」
「ぎゃはははははっ」
酔っぱらった客の声を無視して、男は戸口を後にした。
その背中には、死神の鎌ーー大鎌威太刀ーーが背負われていた。
道行く人は皆、危ない物でも見るような目で一瞥しては避けていく。
避けられて当然だと、男は知っていた。
どこへいっても、死神は疎まれるものだ。
そう、死神。
「おい、あのデスギア装備のハンターってさ……」
「あぁ、色んな街や村に立ち入っては「金獅子ラージャンの狩猟依頼はあるか?」って聞いて去っていく奴だろ?」
そんな囁きが耳に届く。
いつの間にか有名になったものだな、と男は溜め息をつき、ドンドルマを出ようとした、その時だった。
「お前さん、ダリアって名前だろう?」
不意に背中に声を掛けられた。
名前を言われたのは久し振りだったが、そんなことはどうでもいい。
振り返れば、紅い衣を目深に被った奇妙な男がいた。
「俺に何の用だ」
男、ダリアは敵意を隠しもせずにその紅衣の男に問い掛けた。
「そうだな、今の季節なら遺跡平原だなぁ。そこに行ってみろ」
紅衣の男は下卑な薄笑いを浮かべた。
「お前さんが探してる相手が見つかるよ、多分な……」
「……情報感謝する」
ダリアは上っ面だけの感謝を示すと、さっさとそっぽを向いてドンドルマを後にしていった。
野を歩き、山を越え、砂漠の海を越えて一ヶ月。
ダリアはバルバレへと到着した。
やはりこの地でも、デスギアの装備は目立ち、そして避けられる。
さすがに一ヶ月もの旅は疲れる。
狩猟は明日にして、今日はその準備をしようと考えるダリア。
適当な部屋を借り、旅の荷物を放り捨てるなりバザーへと駆り出す。
雑貨屋で道具を買い漁った後は、このバルバレに駐屯していると言うキャラバンの加工屋の世話になることにした。
馬車と一体化したその加工屋は、若い女の竜人が切り盛りしていた。
「へいらっしゃい、……っと?この辺じゃ見ない装備だねぇ、アンタ」
無造作に纏めた銀髪を揺らしながら、女はデスギアシリーズを物珍しそうに見ている。
ダリアは背中の大鎌威太刀を外すと、カウンターに差し出した。
「こいつを明日の朝までに完璧な状態に出来るか?」
「うぉ、こりゃヤバそうな太刀だねぇ。あいよ、受け取りは明日の明朝でいいのかい?」
女は大鎌威太刀とダリアを見比べながら確認を取る。
「それでいい、頼んだ」
「はー、こんなすげぇ武器を触るのは久し振りだねぇ。うっし、任せときな」
女は快く大鎌威太刀を受け取ると、工房の奥へと持っていく。
それを見送ってから、部屋に戻ろうとした時。
「……おい」
また声を掛けられた。
それに振り向けば、ラギアクルスの端材で作られただろう、オトモ用の装備を纏った純白のアイルーが鋭い目付きで睨んでいた。
「何を企んでいるつもりか知らんがニャ、お前のソレは我が身を滅ぼすニャ」
「…………」
どうも、滲み出ていた殺気を感じられたようだ。
普通なら気付かないところだが、このオトモアイルー、出来る奴のようだ。
「お、おいセージ!お前何喧嘩吹っ掛けて……あぁすいませんすいません、こいつには後で言っとくんで」
ハンターシリーズを身に付けた黒髪の少年が、オトモアイルーの首根っこを掴まえると、頭を下げて謝ってくる。
「……気にしていない。気にするな」
ダリアはそれだけ答えた。
誰に咎められようと、この生き方を変えるつもりはない。
ーーあの日、自分だけ生き残らなければ、或いは、奴さえ現れなければ、こんなことにはならなかったのかも知れないがーー。
金獅子ラージャン。
超攻撃的生物。
一定のテリトリーを持たず、各地を転々とする。
体内に強力な雷属性エネルギーを備え、その危険度は古龍にも匹敵する。
普段は黒毛だが、感情が高ぶると全身の毛が逆立って金色に輝くことから金獅子と呼ばれる。
ごく希に、常に怒り狂い、激昂する個体も存在する。
狂竜ウイルスにも強い耐性を持っていたが、近年では感染個体も発見されている。
実際に相対し、無事に生き残った者は少ない……