モンスターハンター 〜星屑の瞬き〜
序章 星屑は明日への夢を見るか
日は沈み、空が夜の帳を告げて幾数刻を刻もうとする真夜中。
ベッドの中で眠ろうとしていた少年は、寝返りを何度も打つが、一向に意識は眠りに落ちてくれない。
だが、苛立ちは感じない。
何故なら、少年にとって明日は楽しみにしていた記念の日だからだ。
モンスターハンター。
それは、モンスターと言う強大な存在を狩り、糧を、富を、力を、喜びを得る職業だ。
ハンター教官の厳しい訓練にも堪えて、明日は晴れてモンスターハンターとして依頼を受けることになる。
どうしても眠れないと感じた少年は、少しだけ外で風を浴びようとベッドから身体を起こして立ち上がった。
男にしては少し伸びた金髪。
掘られたばかりの翡翠のように、硬い輝きを持つ碧眼。
顔立ちはまだ子どもらしさが残る容姿。
少年は静かに戸を開けて外に出た。
夜空は、満天の星空。
曇りひとつない藍色のキャンパスに散りばめられた星々と月が彩る。
少年は少しの間だけ、それを惚けたように見上げていた。
ちょうど少し前の、夜間訓練のもこんな空だった。
その時、教官はこう言っていた。
「あの星の数だけ、ハンターを志す者がいて、実際に武器を手にしてモンスターを狩ることが出来るのがその半分、さらにその十分の一以下に、英雄と呼ばれるハンターが存在する。それがどの星か分かるか?」
少年は迷わずに、自分が見える中で一番眩しそうに見える星を指した。
教官は正解を答えなかった。
ただ、「今お前が指した星が、お前となる星だ」と言った。
いつかに見た、自分が見える中で一番眩しそうに見える星を指す。
「あの星が、俺の星」
あの星はどこへ行くのだろう。
それとも、どこへも行かず、側にいてくれるのだろうか。
まるで、未来の自分に問い掛けているような気分だった。
その答えを知るのは、明日の自分以外にいない。
なら、その明日を知りに行こうと、少年は家の中に入ってベッドに戻り、眠れるまで待つことにした。
ココット村。
モンスターハンターと言う職業がまだ一般化していなかった頃、現村長が三人の仲間と共にモンスターを狩ることを生業としていたことが、モンスターハンターの始まりだったと言われている。
狩りに出るときの最大人数は四人まで、一角竜モノブロスの狩猟は一人で行う、と言った暗黙の了解を作った人物でもあった彼は、今はココット村の長となっている。
彼が使っていた片手剣、ヒーローブレイドは、今なお村の桜の木の下に突き刺さっており、使われるべき主から引き抜かれるのを待ち続けているのだと言う。
舞い散る桜の下で、少年は身支度を整えいた。
後ろに伸びた紙は、ヘアゴムでしっかりまとめて短いポニーテールにしている。
分厚く硬い毛皮に、金属の装甲。
ココット村伝統の防具、ハントシリーズだ。
昔は「ハンターシリーズ」と言う名義だったが、大陸各地で新たなスタイルの「ハンターシリーズ」が一般化、浸透したために、それらハンターシリーズのプロトタイプと言う概念から名義を変更したらしいが定かではない。
それらを全て身につけ終え、最後に二振りの短剣を棚から取りだし、背中に背負った。
鉄鋼素材の双剣、ツインダガーだ。
「装備よし、ポーチの中もよし……よしっ」
身支度の確認を終え、少年は自宅を出る前に、ベッドの側に立て掛けられた、二つの肖像画の前に立った。
「行ってきます……父さん、母さん」
声静かにそれを告げてから肖像画に背を向けて、玄関の戸を開けた。
道行く村人達と挨拶を交わしながら、少年は村長の家の前にいる、赤い制服に身を包む女性に話し掛けた。
「おはようございます、ベッキーさん」
彼女は本来、ミナガルデの街で勤めるギルドガールだが、今は訳あってココット村で受付嬢として勤めている。
「あら、シルバくん。おはよう」
ベッキーは少年ーーシルバ・ディオーネーーの顔に向き直ると、お得意の営業スマイルを浮かべる。
「君も、ついにハンターデビューね」
「はい、教官やベッキーさんのおかげで」
シルバも訓練中に、ベッキーから手解きを受けたこともあり、村のお姉さんと言うより、第二の教官に近い目で見ている。
「……もう、一年だったかしら?」
ふとベッキーは、シルバの顔を見ながら、遠くを見るような目をした。
「はい……母さんは二年、父さんが他界して一年です」
そんな彼も、ベッキーの視線から逸らしながら答えた。
「でも、一人暮らしってのもいいもんですよ。全部一人でしなきゃいけないけど、気楽ですし」
話が暗い方向になる前に、シルバはわざと声を明るくした。
ベッキーもそんな彼の意図を分かってか、崩しかけた営業スマイルを立て直す。
「そっか。じゃあ、早速依頼を受けてもらおうかしらね」
ベッキーは依頼状の束を取り出し、その内の一枚を抜き取ってシルバに差し出した。
「最初に受けてもらう依頼は、『特産キノコ』の納品よ。ま、いくらルーキーだからって、これくらいは出来てもらわなきゃね」
依頼状には、特産キノコを十本ほど納めてほしいとの旨が記載されている。
それを目に通してから、シルバは小さく笑って頷いた。
「ははっ、さすがにキノコ狩りくらい出来ますって」
「随分自信があるみたいねぇ、頼もしいこと」
冗談混じりに茶化しつつ、ベッキーは依頼状の半券を切ってシルバに手渡す。
「何にせよ、怪我だけしないようにね」
「はい!じゃ、行ってきます!」
半券を受け取り、シルバは意気揚々と村の出入り口へと向かい、狩り場への道のりに足を踏み入れた。
……シルバが村を出発して数分後、ベッキーはふと思い出したように呟いた。
「あ、そう言えば最近森丘に、大型飛竜をよく見掛けるって言うの忘れてた……ま、そこまで運悪く遭遇はしないでしょ」
実際、最新の情報で森丘に大型モンスターの姿は確認されていないとは聞いている。
それに、あくまでもキノコ狩り。
初めての依頼で欲張って飛竜の巣に踏み込んで卵を盗もうなどとは考えないだろう。
「う〜ん、なんかちょっと不安かも?」
何か嫌な、と言うか、面倒な予感がする。
果たしてその予感は当たったのか外れるのか。
その答えは、すぐに出ることになるーーーーー。